#1886 支離滅裂「碁法の谷の庵にて」風の精ルーラ氏(5)
上記に対するツッコミ。
上記に対するツッコミ。
http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/diary/200912030000/
人に弁護団と同じセリフを吐くのが正解と言う珍妙な基準を持つなら、自分も本村氏の発言を少し精緻に検討し、同じセリフを吐いたらいかがか。
よく分からない解釈だ。後段は意味不明。
本村氏のことを知りもせず「もっと考えて発言してほしい」なんて自己都合だけの妄言を吐いていたのは風の精ルーラ氏なのだが…。#1834-1
彼は当事者でもなく、弁護士でもないのに、勝手に弁護団の一員にでもなったつもりで話を進めていた。第三者の立場なら「被告が悪い」と簡単に言えたはずなのに、あくまでも「被告を代弁する弁護団の立場」(をさらに代弁する立場)に立ち、「内容の責任を被告に負わせるわけにはいかない」と言い張った。
「じゃあ愚昧な弁明の責任は誰にある? 宙ぶらりんか? たらいまわしか?」と追求したら、自身が当初に描いた設定(弁護団と同じ立場でタテマエを言う)をあっさり捨てて、私やBK氏と同じ第三者の立場に乗り移ってホンネ「被告が悪いに決まっている」をぶちまけたのだ。
「自分がどこに立っているか分からなくなる」 - これは問題の核心だ。 #1819-36
追い込まれて「被告が悪いに決まっているだろ!」と逆ギレするくらいなら、最初からそう言え。
私が言いたいことを簡単かつ乱暴に言えばこうなる。同じことを別の視点から穏当に言ったのがタテマエを貫くなら「弁護士の力及ばず…」と答えて責任の一端を引き受けようとする姿勢が正解
という部分だ。
何を主張するにしても筋を通せば(方針を一貫させれば)たいていのことには「理」がある。しかし、風の精ルーラ氏のように全てを正当化しようとして支離滅裂になってしまってはいけない。碁で最悪の愚形は「サカレ形」である。
私が言っているのは「自分で言い出した設定に、自分は従うべき」ということであって、「弁護のタテマエを言うことが正解」と言うつもりはない。
「正解」というのは「筋を通す」「一貫させる」という意味である。
「悪質教えて君には教えない」という設定だって、それを最後まで貫くなら意味はあった。ところが彼は自分で決めた設定を自分であっさり捨てて「悪質教えてあげる君」に豹変する。そういう筋の通らない支離滅裂な態度こそが問題なのである。
全肯定・全否定(All or Nothing)でしか思考できず、何を議論しても少なからず矛盾したことを言ってしまう。小さな綻びを場当たり的に取り繕っているうちに、全てをダメにしてしまう。囲碁の初級者によくある、全部打とうとして全部ボロボロのパターンだ。
「内容の責任を被告に負わせるわけにはいかない」というタテマエを言うならば「弁護団が批判を浴びる」というところは譲っておくべきなのである。
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人を素人だと罵倒するなら、自分の知識が全然足りていないことはどうでもいいのだろうか?
それはこっちの台詞である。
風の精ルーラ氏は、何かを分かったつもりになって「刑事弁護を分かっていない素人が批判するな」と騒いでいた。しかし、「では何が分かっていないのか」という具体的な話では「引用元が J-CAST だからダメ #1808-18 」とか「昭和37年には精神異常者の事件があったけど知らないの? #1808-19 」とか、枝葉に逃げる難癖ばかりで、本質的な指摘・説明は出てこない。挙げ句の果てに「悪質教えて君に根拠を示す必要はない #1809-10 」とか「hidew が言うから間違っているに違いない #1809-12 」ということまで言い出すようになった。
人を素人だと罵倒
? 彼は素人じゃなくて何のつもりなのか。
彼は何かを否定することが、「自分は分かっていること」を証明すると思っているようだが、「知らないヤツは黙っとけ」と言ったところで「当人は知っている」ということにはならない。抽象的な否定・批判ばかりして、自分の意見(具体論、代案等)をうまく説明できない人はだいたいこのパターンの勘違いをしている。
「相手にできない」「黙れ」「削除する」などと、反対言論を遠ざけようとするのも、化けの皮が剥がれることを怖れるからである。
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彼はその冤罪を阻止するために最も大切な防衛ラインを自ら台無しにしてしているのである。
いっそ、素直にαの過誤とβの過誤で最小になるようにと言ってみてはいかがか。
もっとも、人命vs被害者感情では、どうあがいても後者に軍配は上がらないだろうが。
冤罪を阻止
αの過誤とβの過誤
という話から、人命vs被害者感情
に展開するのは、一体どういうつながりなのかさっぱり分からない。
人命
は「誰の?」
軍配
は「何の?」
独りよがりで理解に苦しむ文章だ。
* * *
αの過誤とβの過誤
については前に書いた。
厳密に言えば全ての裁判は「疑わしい」、冤罪という「フェイル」に対して完全な完全を確保するなら、全員無罪にすることになる。ものごとには程度ってものがあるだろう。島谷氏の冤罪認識は乱暴だが、「絶対的な有罪事実認定」は虚妄だ。
島谷 | (α + β) を最小に。 | (乱暴な現実論) |
hidew | (α*K + β) を最小に。 | (安全率考慮)K:10- |
風の精 | (α + β) をゼロに。 | (お花畑の理想論、空論) |
風の精ルーラ氏のような青臭い理想論は「世の中から悪い人がいなくなったらいいね」と無邪気に言う幼児のようなものだ。内容自体は完全に正しい。「はいはい、立派だねー」というくらいしか言葉が見つからない。
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記録読まずに弁論できる弁護士がどこにいるものか。
「前提を歪曲→否定」というトホホ論法。これで何回目だろうか。
「準備ができるまで待ってくれ」という弁論なら誰でもできる。今から六法全書を開いて勉強を始める人でもできる。極端な話、十年かかってもいいわけだ。(この言明で私は「十年かかってもよい」とは全く言っていない。また誤読されてトンチンカンな反論 #1881-2 がきそうなので念のため)
前提を好き勝手にいじったら、話が成り立たない。私も「風の精ルーラ式トホホ論法」を使って..
愚劣な弁明について弁護人を完全に免責するなら、その責任は全て被告にふりかかる。
風の精ルーラ氏が「弁護士が非難される謂われはない」と言い張るので、私はその主張にそった形で「被告が全部悪い」ということにしようとした。すると、彼は反対に「弁護人は被告を守るんだ!」とタテマエを言い張る。あーいえば上祐 。脊髄反射で逆のことを言っているだけである。
弁護士の批判はするな。責任は被告に負わせろ。でも弁護士は被告を守る。
こういうことである。要は「被告を守るフリ」なのだ。そういう弁護士観なら仕方ないが、彼の文章はそのへんの微妙なニュアンスを書き分けることもできない。
弁護人が自分の信頼を守らんがために被告人を犠牲にする…そんな弁護人の風上にも置けないことをBK氏はやれというのだろうか。
いちいち大げさに書いてしまう。
弁護人が自分の信頼を守らんがために被告人を犠牲にする…そんな弁護人の風上にも置けないこと
とは言うが「被告人を守るために弁護人が批判の矢面に立つ」とは絶対に認めない。以前それを私(BK氏だったかな)が指摘したら「それは警官殺しを是認するのと同じことだ」という何から何まで間違っている意味不明の屁理屈が返ってきて呆れたことがある。#1831-5
, #1831-7
批判される覚悟もないナンチャッテ弁護人(風の精ルーラ氏)が口だけ威勢良く「被告を守る」と言う。せめて自分が「口先人間」であることを自覚して、もう少し控えた言い方はできないものか。たとえば「一応、弁護人は被告を守ることになっている。そういうタテマエなので」と弱い表現にしておけば、「大人の事情(そこは深く突っ込まないで)」は伝わる。
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完全否認事件で被害者相手に私がやりましたなどと頭を下げられるか、考えてみればいいだろう。
例示がいちいち的外れだ。
「光市母子殺害事件」は完全否認事件ではない。前提が違えば結論が違うのは当たり前である。
となる可能性が 0.001% でもあるのか、という話だ。「謝罪」を台無しにしてまで言う内容か。
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ノーガードで立っているのを「被告人の利益」というhidew氏
私はこうやって立場をわきまえず開き直る態度のことを「頭を下げていない」と言っている。謝罪の最上級は「土下座」だ。「ノーガードで立っているのか」と強調してしまうのは何も分かっていない証である。光市事件については土下座しても全く足りない。それでもなお謝り続けるか、ヤケクソになって暴れ回るか。最後の重要な選択だ。
「被告人の利益」は、人それぞれの価値観、人生観が反映するので一概には言えない。
私は後者だから「謝るべき」と言っているが、前者の価値観を持つ被告人や「弁護士」とは話が通じないだろうと思う。
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検察「被告人は信号を殊更無視して、その結果被害者をはねて死亡させた。危険運転致死罪が成立する」
弁護側「危険運転ではない、赤信号の見落としによる自動車運転過失致死だ。見落としという過失は認めるので、自動車運転では誠心誠意謝るし、賠償金も払う。」
危険運転致死傷罪 というそれ自体に混乱を含む話をわざわざ持ってくる。
普通「たとえ話」は分かりやすくするために考えるのだが、風の精ルーラ氏の場合は、話をややこしくするために使う(そして墓穴を掘る #1819-11 )法律の話を別の法律の話でたとえるのも「いつもの」展開だ。法律以外にものを知らない「法律○○」なのだろう。
ごまかしの意図が見え見えだがまあいい。
客観的にどうやって見分けるのか。少なくとも彼が創作したたとえ話からは全く分からない。ややこしい話を「目眩まし」として使っているだけなので、いつも重要かつ基本的な点が抜けている。#1817-7 , #1817-10
上の話では検察の立件があまりにお粗末(口で言っているだけ #1808-1 )だから「危険運転致死罪は成立しない」というのが明白だ。つまり、危険運転致死罪云々の脚色は全く意味がないのである。「事故を起こしてしまい申し訳ありません」というだけの話。
彼は何が言いたかったのか。要するに「不当に重い罪を認めない」ということだろう。そんなことは当たり前の一般論である。問題は光市事件における被告の「死者復活…」「ドラえもん…」という抗弁に「ウッカリミス」「情状酌量」を認められる合理的な要素が少しでもあるのか、という話だ。
何でも「誰かが悪い」ということにしなければ気が済まないというのは実に幼稚な発想であるが、hidew氏はその発想を押しつける。
私は「何でも誰かが悪い」とは言っていない。「光市事件のドタキャンについては誰かが悪い」と言っている。
#「All or Nothing」+「前提を歪曲→否定」というトホホ論法の合わせ技だ。
「誰も悪くない場合がある」というのはその通りで、たとえば自然災害などでは誰も悪くないのに不幸な事故が起きる。だからといって、光市事件のドタキャンで「誰も悪くない」ということが言えるのか。
これぐらい馬鹿馬鹿しい話だ。
もはや屁理屈にもなっていない。
しつこいようだが、今問題にしているのは何でも
という一般論ではない。「光市事件のドタキャン」についてである。
「誰も悪くない!」と明言するのならともかく、冒頭のような回りくどい言い方になるのはなぜか。
彼は「誰も悪くない!」と言うことの責任さえも逃れたいのである。
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一番基本となるルールが犯されているときに、形式的ルールを守れとわめくなど、ルールを守れと呼ぶに値しません。
裁判所が基本ルールを犯したから形式的ルール(期日)は守らなくていいと言っている。
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裁判所の判断にひれ伏してはどうにもならないという場合に、応戦するのは当たり前の話です。
要するに裁判所の判断が悪いから従うわけにはいかないと言っている。
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安田弁護士が引き受けたのは2月末。公判予定日は3月中旬である。
2週間で元々仕事がある弁護士が、1万ページの資料をきちんと読みこんで理屈を作る余裕があるなどと本気で思うのだろうか。
弁護士の能力を過信(あるいは資料の量を過少評価)した裁判所が悪いと言っている。
* * *
彼は間接的に「裁判所が悪い」と何回も言っているのだが、なぜか直接批判することはできないようだ。#1885-3
最高裁を直接批判できない理由はさておき、それをごまかすために今更私が最高裁に行ってもせんないことで、言いがかり連発のhidew氏に対応する方が普通
とか、誰かのせいにしなければ気が済まない幼稚なhidew氏
という噴飯ものの屁理屈を書いてくるのは面白い。
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簡単な話である。
全然簡単に説明できていないけど
最高裁の判断が純客観的にみれば誤っていたとしても、最高裁が「その時点で認識していた事情」からは、必ずしも最高裁の判断を不当とは言い難い面がある。その時点で認識しえない事情を判断しろなんて、無理を要求しても仕方ない。
最高裁判所ですら「判断を誤る」と考えている欠席事由を、なぜ私のような素人に対しては「弁護士は忙しい。こんな基本情報も知らないのか。それでも短期間で準備しろって言うのか」という調子で説明したのか。
安田弁護士が引き受けたのは2月末。公判予定日は3月中旬である。2週間で元々仕事がある弁護士が、1万ページの資料をきちんと読みこんで理屈を作る余裕があるなどと本気で思うのだろうか。
最高裁判所に通じなかった欠席の事情説明が、なぜ私には通じると思ったのか?
こういうところがいちいち面白い。相手によって言うことがコロッと変わる。
確かに簡単な話かもしれない。
風の精ルーラ氏は法曹の権威・権力に滅法弱く、その裏返しとして、素人には強く出る。
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選任された段階で、引き受けた弁護人が読むべき記録の量を彼は知らないのではなかろうか。
光市事件なら、供述調書だけで20通超、写真で800葉、その他記録で1万頁近いと言う。
安田弁護士が引き受けたのは2月末。公判予定日は3月中旬である。
2週間で元々仕事がある弁護士が、1万ページの資料をきちんと読みこんで理屈を作る余裕があるなどと本気で思うのだろうか。
これらの無駄情報は一体何のためにアピールしたのだろう。
最高裁が「その時点で認識していた事情」からは、必ずしも最高裁の判断を不当とは言い難い面がある。その時点で認識しえない事情を判断しろなんて、無理を要求しても仕方ない。
最終的に「欠席の事情は説明できない。とにかく休ませろ」と言っているだけではないか。
光市事件なら、供述調書だけで20通超、写真で800葉、その他記録で1万頁近いと言う。
2週間で元々仕事がある弁護士が、1万ページの資料をきちんと読みこんで理屈を作る余裕があるなどと本気で思うのだろうか。
「1万ページの資料」に対して短絡的に「資料が多すぎて無理」と即断しているようだけど「内容の密度、難易度」「弁護士の能力」という要素も考えるべきだ。
「情報リテラシー」は文章を見ればよく分かる。的外れな内容をダラダラと書き散らして推敲(整理)もしない。そういう要領の悪い人は読むときも、最初のページから不要な情報まで一言一句つまんでしまう。本質を捉える能力に欠けている。風の精ルーラ氏の読解能力では「1万ページ/2週間」というだけで無理なのだろう。しかし、他の人も自分と同じ能力だと考えない方がいい。
「囲碁は 361!通りの変化がある」と言っても全部読むわけではない。実は強い人ほど読んでいないのである。厳密には「不要な部分を捨て、重要なところだけを念入りに読んでいる」ということだ。一般的傾向として考慮時間が短いほど上手が有利になる。強い人ほど「瞬時に捨てる能力」が高いからだ。
情報の取捨選択ができる人間ならば「1万ページ/2週間 だからたいへんだ」なんて大騒ぎすることはない。
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「弁護士を探す時間は無駄」
きちんと責任もって担当できる弁護士を探すのが正しい「手続き」というものである。
なぜ弁護士を探す時間が
なんだろうか。風の精ルーラ氏の考えは、
いくから、安田弁護士のような人物に頼んで「力業」でなんとかしようとしようというわけだ。結局「手続き」よりも「拙速」を重視するわけである。
それはそれでひとつの考え方ではあるけど、そういう人物がしたり顔で「手続きは重要なんだ」という演説をするのは滑稽である。
【再掲】
風の精ルーラ「 だから、 安田弁護士が力業でなんとかする。裁判所の設定した期日なんて守る必要はない。」
「手続きを守るためなら、手続きはいい加減でよい」と言っているようだ。「健康のためなら死んでもいい」というお笑いに通じるものがある。
風の精ルーラ氏は万事がこの調子(支離滅裂、マッチポンプ)なのである。