#1885 支離滅裂「碁法の谷の庵にて」風の精ルーラ氏(4)
上記にに対するツッコミ。
上記にに対するツッコミ。
こういう流れ。
私は「死者復活のために…」「ドラえもんが…」という一連の愚劣な自己正当化を「頭を下げていない」と言っていたのだが、彼は文字通り「頭を下げた」という形式にのみ着目し「手紙を送った、涙も流した」という部分しか見なくなる。「謝罪したじゃないか!」と強調することがどういう意味を持つのかも分からずに、ただ揚げ足取りに腐心する。
「語るに落ちる」とはこのことである。「謝罪・反省の本質が全く分かっていない」と自白をしたようなものだ。さだまさし「償い」の話 #1881-10 は読まなかったか、理解できなかったか…。
「悪質教えてあげる君」#1881-3
になっている時の彼は言わなくていいことまで言ってしまい、表現が必要以上に大げさになる。#1881-11
自ら言ったことに対して『言わされた』という姿勢をとるのは彼の特徴である。「自分で言ってしまった」という責任を回避するために、そのような屁理屈を付ける。彼が日頃、受動態の文章を多用するのも同じ理由。「私は○○を批判する」と言うと発言の責任が問われるので「○○は批判される」という言い方をする。「誰に批判されるのか」を追求すると、面白いことになる。#1805-5
「○○は悪くない、××も悪くない、…」という具合に「責任を宙ぶらりん・たらいまわし」にしてしまうのも「責任を逃れたい」というお役所的な行動原理がもたらす迷妄だ。#1870-16 , #1819-30 , #1831-1 , #1881-12
ドタキャン事件で風の精ルーラ氏の言い分を聞いていると、最終的には「(光市事件弁護団に十分な準備期間を用意しなかった)最高裁判所が悪い」という結論にしかならないのだが、彼にはどうしてもその一言が言えない。 そのかわりに「『最高裁判所の設定した期日に従うべき』という YO!!氏や hidew は、弁護士の大変さが分かっていない」と筋違いのことを言う。
安田弁護士が引き受けたのは2月末。公判予定日は3月中旬である。
2週間で元々仕事がある弁護士が、1万ページの資料をきちんと読みこんで理屈を作る余裕があるなどと本気で思うのだろうか。
そういうことは欠席の時、最高裁判所に説明したらよかったね。
「弁護士の大変さ」を訴える相手を明らかに間違えている
やはり基本情報を知らないhidew
と書いているけど、それも最高裁判所に向けて言うことだろう。私は前に「資料の総量なんて知らないし、興味もない。 #1871-20
」とはっきり書いている。重要なのは「情報を十分に知っているであろう最高裁判所が期日を設定した」という点だ。
風の精ルーラ氏が「最高裁判所が悪かった」と素直に言えるなら筋は通る。なぜその一言が言えないの?
心理学で言う投影とは、自己の悪い面を認めたくないとき、他の人間にその面を押し付けてしまうような心の働き。
「オマエが言うか」とツッコミたくなる「倒錯」である。簡単に言えば「逆ギレ」のようなものだろう。
分かりやすい事例は海原氏だ。「人に構ってほしい」「幸せになりたい」という気持ちを強く持っている彼は、他者にも「人に構ってほしいんだろう」「幸せを探したらどうか」と言ってしまう。他者という鏡に投影されているのは実は自分自身なのだ。
#海原氏については改めて書くかもしれない。
風の精ルーラ氏が自分で言わせたことを自分でけなす
自分に都合よく橋下氏をも使う
俺様こそ法律だ
という文言で私を非難し始めたのは、まさに「投影」の心理である。
両方とも風の精ルーラ氏の発言内容(#1834-1 )である。自分で自分を非難するマッチポンプであり、自分に都合よく○○氏を利用している。
俺様こそ法律だ
については、最高裁判所の設定した期日を弁護士の都合でドタキャンした事件で「弁護士判断は裁判所を超越する」と開き直っている態度がまさにそれだ。
彼は自分に向けられた批判をそのまま他者に「投影」する。
http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/diary/200912030000/
自分では形式論から逃げまくって、俺様にしか根拠を持たない、思い込みの黙秘権論や弁護人論をひけらかしているくせに、タテマエも×などとは何を言っているのやら。
また抽象的に言ってごまかそうとしている。具体的に指摘したらどうか?
彼は「黙秘」という選択をすっかり忘れて「被告・弁護団は必ず何かを言わなければならない」と思い込んでいた。 #1819-33
浅はかな理解で弁護人論をひけらかすのも彼の方である。「被告に対する誠実義務」を法学部で習ったら、そのことしか頭になくなってしまう。まさに「定石を覚えたての中級者」である。
形式論から逃げまくって
いたのも彼だ。詳しく書くと自分の無知がバレると自覚していたのだろう。逃げることを正当化するために「悪質教えて君には教えない」という奇怪な理由まで考案した。
俺様にしか根拠を持たない
というトホホ論法を得意としているのも彼だ。「棋士は神が相手でも…」の議論で滅茶苦茶な言い逃れをしていたのは記憶に新しい。その時は俺様にしか根拠を持たない
「妄想」のことを「思弁的」とかなんとか言ってごまかしていた。
風の精ルーラ氏が言っているのは全部自分自身のことだろう。
http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/diary/200912030000/
自分では形式論から逃げまくって、..
素人には逃げる理由がない、失うものがないからである。本当の専門家にも逃げる理由はない、きちんと説明できるからだ。議論から逃げる必要があるのは「張り子の矜持」を守りたいと思っている専門家もどき、つまり風の精ルーラ氏のような人物である。
専門家がいちいち素人に説明する義理はないから、相手にしないという選択はある。彼が滑稽なのは「オレ様は専門家」という余計なアピールだけは忘れないことだ。何も言わず無視すればいいのに、「何を言っても無駄」「疲れた」「相手にできない」「悪質教えて君」などと余計な一言だけは言ってしまう。さらに滑稽なことに、そういうことを書いておいて屁理屈まみれの抗弁だけは延々と書き散らす。
当たり前のことを説明する時も「大サービス!!」「どうしてこんなに説明するのか自分でも不思議」という余計な一言を付け加えることは忘れない。何も言わず説明を始めればいいのに「資料が見つかって嬉しい」と言わんばかりに筆が踊ってしまう。
細部の表現(余計な一言集)をつぶさに観察すると、彼が「張り子の矜持」を守ろうとして汲々としている様が伝わってくる。小手先の言葉だけで「オレ様は分かっている」とアピールすることが逆効果にしかならないことを彼は知らないのだろう。
http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/diary/200912030000/
「俺様こそ法律だ」
「俺様が法律だ」と繰り返す人は・・・と言いかけたが、hidew氏と同等の言論に堕するのもあれなのでよしておこう。
「俺様が法律だ」と繰り返す人=風の精ルーラ氏なのだが、それが何?
ほのめかしているだけでは何も伝わらない。
hidew氏と同等の言論に堕する
と言われても肝心のところが書かれておらず、「とにかく批判したいんだ! 内容は察してくれ」という独りよがりの文章になっている。こういうのを甘えん坊
#1881-4
と言うのだろう。大人だったら自分の言いたいことを自分で説明しなくては。
http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/diary/200912030000/
子どもが泣くのが嫌だから子どもを治療しない、という親の常識を私は疑う。
一体どこにそんな親がいるのだろうか。
架空のモデル(たとえ話)としても誤っている。#1817-7
以前に散々批判した「脳内妄想世論」と全く同じである。妄想上のありえない人物を前提にして「…私は疑う」と言われても、意味不明である。そもそも「疑うべき話」が彼の頭の中にしか存在しないのだから。
疑わなければいけないのは「荒唐無稽な妄想話」を思考し、それがいつの間にか「前提」になってしまう己の思考回路である。
自分に都合よく橋下氏をも使うhide-w氏
という表題で、
橋下氏だって、あの荒唐無稽な主張については、.. と認めるに至っている。
と、コメントするのは何かのコントだろうか。
自分に都合よく他人を利用するのは風の精ルーラ氏なのだ。犯罪被害者の遺族である本村氏に「司法の全体を考えてコメントして欲しい」と言ったくらいだから。#1834-1
それでいて自分は不誠実な不届き者相手に耐えるほど私の堪忍袋の緒は頑丈には出来ていません
と身勝手なことを言ってしまう。あれこそお寒い
コメントだった。
当時、彼が橋下弁護士に投げかけた文言がこれ。
「橋下氏よ、この落とし前いかにつけるおつもりか」
なんとも言えない「誇大表現」で、鼻の穴を膨らませている光景が目に浮かぶようだ。「オレは分かっている」というアピールのために橋下氏のちょっとした蹉跌を最大限に利用する。表現の細部にいやらしさが滲み出てしまっている。
裁判所その他にけちょんけちょんに言われている。
けちょんけちょん
- 法曹の品性をよく言い表した言葉だね。
橋下氏も言葉は汚いけど、風の精ルーラ氏の言葉遣いはまた独特だ。【関連】#1809-15
大好きな足利事件
http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/diary/200912030000/
ちなみに、体を壊して公判を休んだ弁護士の先生を私は見たことがあるけど、もちろん誰も文句は言っていない。やむをえなかったから。
もしかして「体を壊して休む弁護士」と「光市事件をなんかのリハーサルで休む弁護士」の違いが分からない?
風の精ルーラ氏が体を壊した弁護士の立場だったら「ご迷惑をおかけします」ではなくて「体を壊したんだよ。やむをえないだろ!」と逆上するのではないかな。「(欠席について)ノーガードで批判をされてもいいのか!」とマヌケな一言を添えて。「トンチンカンな言い訳の強調」は期日を守れないこと以上に罪深い。#1871-22
光市事件については欠席理由も不合理だ。
彼は体を壊して公判を休んだ弁護士 .. 誰も文句は言っていない
という事例を取りあげて何か意味がある(光市事件のドタキャンを考える参考事例)と思っている。何も分かっていない。だから「(光市事件の弁護団は)他に仕事をいっぱい抱えていた。期日に間に合わなくても仕方ないだろ!」と逆ギレすることがおかしいということにすら気づかない、「己の非常識さ」をわざわざ強調してしまうのである。
http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/diary/200912030000/
ちょうど、ある人から彼とのかかわり方について考えた方がいいと指摘をもらった。
一体何を指摘され、何を考えたというのだろう。
ますますひどくなっている。
「滅茶苦茶な内容を書き続ければ、hidew は呆れて何も言わなくなる」
というアドバイスを受けたのなら、彼の言動と合致するけど、そんなことをしたら他でダメージ残る。
#1808-1 「自分の専門分野なら、少しはまともなことを言えるだろう」という安易な考えで司法関係の話題に転換した。しかし、裏目に出ている。「専門分野でさえ、この程度のことしか言えない」となれば本業に差し障りがあるんじゃなかろうか。
この心配が現実になる。
http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/diary/200912030000/
弁護人本人の取る姿勢としては、それか或いは裁判所を非難するのが正解である。
その通り。「弁護士は被告のために精一杯頑張った。でも裁判所には通じなかった」というお芝居(タテマエ)を最後まで続けるべきだ。しかし、「特級のご都合論者 #1870-9 」である風の精ルーラ氏はそうしない。
ひとしきり「弁護人は被告を守る」というタテマエにこだわって話を混乱させた後、手のひらを返したように「被告が悪いに決まっている! 死刑になっただろ!」とホンネをぶちまけてしまう。
「弁護士が被告を守る」というタテマエを吹っ飛ばして、愚劣な弁明だったとあっさり認めるのである。それは要するに私が何回も批判していた内容だ。
「弁明内容の全責任は被告にあることにして、弁護団は責任を逃れればよい」ということは私もBK氏も言っていた。#1819-25 そこで彼が助け船に乗っておけばよかったのだが、当時はまだ「法学部で聞きかじったタテマエ論」に酔っていたのと、相手の言うことには「何でも反対する社会党」的気質が災いして、そういうホンネを認められなかった。
時間が流れて、ようやく「被告人の責任、弁護人の免責」に言及できるようになったようだ。モトケン氏の助けを借りて。
「被告人を守るということ」と「被告人の自己責任」 - 元検弁護士のつぶやき
被告人が弁護人の助言に従わずに不適切な方針を選択し、その結果として不利な判決を受けたとしても、それは被告人の自己責任であって、弁護人が批判されるいわれはありません。
私はずいぶん前から皮肉をこめて「弁護士はスピーカー(機械)でいい」と繰り返し書いている。#1815-4 , #1815-11 , #1834-4 ,
hidew氏は結局の所「弁護人は被告人の否認を握りつぶすことができない」ということをすっかり失念…
私が書いたことを180度歪曲して、全く逆の内容になっているではないか。
失念しているのはどちらか? と思ったが、よく考えたらこれは「仮想の反対言論を作ってそれに反論する」#1819-7 , #1819-8 といういつものトホホ論法だ。彼は書く方も独りよがりだけど、読む方も独りよがりで、自分が読みたいように読んでしまう。(#1815-26 反語の誤読など)
誤った前提で的外れな文章をいろいろ書いてしまったようだが、前提が曲がっているのでは意味がない。徒労である。そうやって無駄な文章ばかり書いているから、すぐ疲れてしまうのだ。
#あと、彼は一度思い込むとそれを修正するのに時間がかかる。私の名前(hidew)を hide-w と誤記していたが、それに気づくまでにかなりの時間がかかった。「思い込み」の強さが半端無い。彼が YO!!氏に「思い込み乙」という奇妙な日本語を投げかけるのも「投影」の一種だろう。
私が 1.を言っているのは、風の精ルーラ氏が「弁護人が非難される謂われはない」と言い張ることへの皮肉であって、ホンネは 2. である。
専門家として代理人になった弁護士には責任がある。責任の重さが変わることはあっても、ゼロではない。責任ゼロというのは弁護士が完全なるスピーカー(機械)として振る舞うことを意味する。
弁護団が批判を浴びることは仕方ないが、懲戒処分になるほどではない。
これが模範解答。
前者を認められない風の精ルーラ氏と、後者を認められない橋下徹氏、どっちもどっちである。
両者とも思考が粗雑である。とくに風の精ルーラ氏は All or Nothing でしかものを考えられないようだ。自分に向けられた些細な批判に激高してしまうヒステリー気質にも問題がある。
http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/diary/200912030000/
hide-w氏の言うまっとうな人間性というのは、つまり「俺様(と仲間)にとって耳触りのいいこと」に過ぎない。
また抽象的にいい加減なことを書いている。
私が言っているまっとうな人間性
は「死者を生き返らせるために…した」という荒唐無稽な弁明を聞いて、不快に思う感性のことだ。まっとうな人間なら「被告・弁護団=拡声器の話した内容は耳障り」と感じる。
風の精ルーラ氏は唐突に「まっとうな人間性というのは .. 耳触りのいい ..」という珍妙なことを言う。
正直意味が分からない。
不幸と絶望しかない光市事件の関連で耳触りのいいこと
(=聞いて心地よい、という意味?)なんて言葉が出てくること自体、違和感がある。大好きな足利事件
#1809-15
と同じ言語感覚だろう。
用字・用法もおかしい。
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「形式的に頭を下げれば…」というブーメラン
手紙を送ったとか、涙を流したとか、そういうことは形式にすぎない。一方で、「死者復活のために…」などの荒唐無稽なストーリーによって「自分は悪くない」という自己正当化を行っており、実質的には全く反省していないことを自白している。
つまり「ごめんなさい。私は悪くない」という支離滅裂な言動になっている。一部を都合良く切り出して「頭を下げたじゃないか」と強調すること自体が何も分かっていないということなのだ。「木を見て森を見ず」の典型である。
被告・弁護団はあの弁明で「頭を下げた」と言えるのか。
「形式的に頭を下げれば謝罪したことになる」という愚かな強弁はいずれ彼の元にブーメランとなって返る。その時に改めて書くことにしよう。
もっとも、すでに過去に投げたブーメランが戻ってきているが。
「はい謝罪しました」 - 形式的で中身の伴わないアリバイをアピールするのはと過去の風の精ルーラ氏が言っている。