#1881 支離滅裂「碁法の谷の庵にて」風の精ルーラ氏(3)
上記に対するツッコミ。
上記に対するツッコミ。
http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/diary/200912030000/
自分の文章が曲解されたらそれは反語だ、読む奴が悪いと言わなければ気が済まない。
彼が抽象的に曖昧な書き方をしている時は「ごまかし」の意図がある。
具体的に見ればどちらがおかしいかはっきりする。
この程度の文章を正しく読解できないのは読む奴が悪い
のでは?
http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/diary/200912030000/
条文付きで嘘を指摘された記憶がないんだって。記憶がないというのは彼流定義からすれば嘘ではないようですが。
結局彼は読みたくないんでしょうかね。
- ・・まさか、条文の文章までこっちに引っ張って来いと言うつもりだとすれば、誰も相手にできない甘えん坊です。
自分が資料・具体例を示すことができるときには、飛び上がってそれを示す。(相手にできない
疲れた
と悪態をついて、しばらく様子を見る
と言った直後なのに、書かずにはいられなかったのである) しかも、「根拠を示す」という当たり前のことにもったいつけて得意気に書いている。このことから逆に、彼が「悪質教えてくんには教える必要がない」と言って根拠の提示を回避する「本当の理由」がよく分かる。
彼も内心では「きちんと資料を提示することが自分の説得力を補強するものであり、相手の勉強のためなどではない」と知っているのだろう。でも、一度、自分で「悪質教えてくんには教えない」というシナリオを書いてしまったのだから、きちんとそれを演じよう。資料提示の準備が整った途端に、私が揶揄した「悪質教えてあげるくん #1809-10 」に豹変するのはあまりにマヌケである。
法曹の「形式的・実質的ルール」を議論するつもりはないから、条文の文章は示さなくていい。 大サービス!!
無用
誰も相手にできない甘えん坊です。
幼児的な罵倒を書いてまた自分の株を下げている。
「相手にできない」といいつつ、相手にしてしまう自家撞着。嫌なら相手にする必要はない。「もう相手にしない」を何回も繰り返している海原氏と似ている。
「甘えん坊」という単語がこの文脈に出てくるのは非常に奇異な印象だ。彼が日頃言われている言葉がうっかり出てしまったのだろうか。彼の「うまく説明できないから自分で調べてくれ」「オレ様の意見を察してくれ」という態度こそ「甘えん坊」にふさわしい言動だと思うが。
http://scarecrow216.tumblr.com/post/285901754
「法律論からいったらこうなります」といったら、小沢(一郎)さんはものすごく興奮する。
「それ、君おかしいよ。そんなはずないよ」
というんだけど、「どこがおかしいんですか」というと、答えられない。
「帰れ!」
2日たってから呼び出しがあって「君ね、このあいだの件は法律的にここがおかしいんだ」というわけ。そんなのすぐわかるわけですよ。弁護士だか法務省だか誰だか知らないけども、呼びつけて丸暗記したやつを言ってるだけであって、それは面白いほどそうなんです。
風の精ルーラ氏と言動のパターンがそっくりだ。
こんにちわ。
終わりそうに無い議論ですなぁ。
「ウソツキ」と連呼するだけなら幼稚園児でもできるだろう。
http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/diary/200912030000/
またしても嘘をつくhide-w氏 風の精ルーラさん
嘘だけ指摘するようにしようかと思ったのですが、このありさまでは・・・嘘の指摘だけで切れそうにないですね。
嘘を指摘する
ために、様々なことを説明しなければならないのは、最初から当たり前である。今頃気づいてどうする。
http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/diary/200912030000/
弁護団がついて以降、被告人は微額ながら本村氏に謝罪の金銭を作業報奨金から支払い、謝罪の手紙も送っている。法廷では涙ながらに反省の弁を述べている。
お笑い芸人たちは「形式的謝罪」を皮肉って笑いにしている。
人の気持ちが分からない光市事件の被告・弁護団や風の精ルーラ氏は「謝罪」「反省」の本当の意味も分からない。形式
だけを整えればいいと思っている。
「はい、謝罪の手紙送りました。ちゃんと涙も流しました」
被告が内心で何を考えているかは知るよしもないが、外形だけでも「反省」を示すつもりならば、あの荒唐無稽な弁明はすべきではないだろう。あれを言ってしまったら全てが台無し、他にどんだけ演技をしても無駄である。
光市事件の場合、事件の性質上「十分な謝罪」というものはあり得ない。最大限に謝っても全く足りないのに、出廷をドタキャンしたり、荒唐無稽な自己正当化を行ったり、火に油を注ぐことばかりしているではないか。「マヌケな振り付け師」が事態を悪化させる。
2002年2月19日、東京地裁 .. 判決理由を述べあげた後、山室惠裁判長が被告人2人に対し「唐突だが、君たちはさだまさしの『償い』という唄を聴いたことがあるだろうか」と切り出し、「この歌のせめて歌詞だけでも読めば、なぜ君たちの反省の弁が人の心を打たないか分かるだろう」と説諭を行った。
風の精ルーラ氏も「償い」の歌詞を読んでみたらどうだろうか。
「(被告は被害者に)きちんと謝罪した!」
こういうことを強調してしまう神経が分からない。謝罪する側の視点でそれを語っても「オレ様」の独りよがりにしかならない。「オレ様の誠意が伝わらないのか!」と言いたがる海原氏とよく似ている。光市事件については「十分な謝罪」があり得ない状況なのでなおさらだ。100万円を借りている人が100円返しても「返済した」とはならない。
そういえば以前も「愚昧な弁明の責任をたらい回しにするのか」という追求に対して風の精ルーラ氏は「被告は死刑になって責任をとったじゃないか!」とトンチンカンな強調をした。#1819-30 , #1831-1 発端は「弁護人は被告人に責任を転嫁できない」というタテマエを(弁護士でも、当事者でもない)彼が言い出したことにある。中途半端に聞きかじったタテマエ論をお気楽に主張していただけあって、都合が悪くなるとあっさりホンネをぶちまけてしまう。
タテマエを貫くなら「被告が悪い。死刑になっただろ!」ではなく「弁護士の力及ばず…」と答えて最後まで責任の一端を引き受けようとする姿勢が正解だ。
橋下氏はタテマエ(弁護士としての判断)に問題があったかもしれないが、ホンネではまっとうな人間性を示した。風の精ルーラ氏はホンネ(感情論)も×、タテマエ(形式論)も×。教科書を断片的に書き写しているだけだから自分でも何を言っているか分かっていないのだろう。
[11] の補足。前にこんなことがあった。
最後の一文を詳しく引用する。
http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/002012
冗談もここに極まれり。
被告人は責任を取っている。
その主張は嘘、と裁判所に断じられたばかりか、こんなことを吐くということは反省していないとみなされ、死刑を回避する余地はなくなったと判断されて死刑判決をくらっている。これ以上ないほどの責任の取らされ方だ。
「弁護団は被告を守るべき」というタテマエから一転して、「被告は死刑になったじゃないか!」と強調してしまう手のひら返し。
最初から「被告が反省していない」「愚劣な弁明の責任は被告にある」ということは分かっているが、それを立場上言えないのは、当事者である弁護団だけである。風の精ルーラ氏は完全にフリーの立場(当事者ではなく、弁護士でさえない)にも関わらず、どういうわけか弁護団と一体化したつもりになってタテマエに拘泥する。その立場を貫くなら少しは理解できるが、都合が悪くなると別の立場に逃げる。結果、私や BK氏が言っていた内容と同じこと(リストの最初の項目)を今更のように語り出す。
彼が自分の立場を見失うということは今までも何回かあった。自分の都合に合わせて視点・立場がぶれまくる。これも言論を支離滅裂にする原因である。
「自分の発言ポジションが自分でも分からなくなってしまう」というトホホをごまかすために考案された屁理屈が「自分の意見なんて塩・コショウみたいなものだから、明らかにする必要がない」というものだ。#1871-16
, #1812-6
彼は刑事弁護のように難しい問題(二つの立場から楕円
を描く)だけでなく、もっと簡単な囲碁・勝負の話でも、立場を見失う(主観と客観の混同)という粗相をやらかしている。
風の精ルーラ(2009年12月19日)
弁護人にとってのルールと裁判所にとってのルールは違います。
風の精ルーラ(2009年12月22日)
弁護人のルールと裁判所のルールの違いに全く無頓着で一元論を語っていても説得力ゼロですよ。
自分たちに都合良い「弁護人のルール」が「裁判所=裁判のルール」の外に存在する(超越する)かのような勘違いをしてやりたい放題だ。
彼の勘違いはたとえるなら「『校則と法律は違う』と言って『飲酒・喫煙禁止の校則』を作る中学校」と類似のものである。主従や包摂の関係性が全く分かっていない。前にも似たようなことがあった。(#1817-30 刑事訴訟は「表現の自由」の埒外?)
裁判所というのは平たく言えば「ルールの番人」である。野球における審判がルールそのものであるように、裁判所の判断はルールそのものである。
裁判所も弁護人も守るべき「裁判のルール」(憲法、法律)や「社会常識」は同じなのだ。その上に「裁判官の内規」や「弁護士の内規」が存在しうる。
「手続き」が重要? … そういうことはまず自分で理解してから言ってほしいものだ。出廷という一番基本的な「手続き」さえ、自己都合によってボイコットするような思考の人間が「手続き論」を語る資格などない。
オレ様人間は自分の都合しか考えないから、各々の事件で弁護側が好き勝手に「もっと時間をよこせ」と言っていたら何が起きるのか全く想像できない。彼にとっては「光市事件」だけが刑事事件であり、「安田弁護士」だけが弁護士なのだろう。
鏡を用意しよう。
「オレ様が納得できないルール」を勝手に特殊ルール扱いして開き直ることの醜悪さが少しは見えるだろうか。
「反則で結構」と開き直ってしまうのはどうしようもない。
「違法で結構」とふてくされる犯罪者と同じメンタリティではないか。
つまり、hide-w氏のルールに従わないと、犯罪者と同じメンタリティ・・・
これまたすんげぇ俺様ルールです。
私がトホホ論法(論考の虚偽・反則)として指摘してきたのは「根拠を示さない」「世論を捏造する」「前提をねじ曲げる」「解釈を後付する」という類のごく常識的な内容である。(#1815-44 , #1871-7 ) 彼には「hidew が勝手に主張しているルール」と見えるらしい。
あんたのルールでどう遠吠えしようとかまわないよ、と言う主旨と読めないのは、やっぱり私の文章の書き方が拙かったんでしょうかねぇ。
本当に分かっていないのだろうか。トホホホ…
これは冒頭に挙げたのと同様のトンチンカンな開き直り。「特命記者イマイ」(日本テレビ)という番組で振り込め詐欺犯が追い込まれたとき、似たようなことを言っていた。
「あんたのルールでどう批判しようとかまわない」と言う場合、そのルールが「特殊」で「不合理」ということについてある程度、世間的な理解がえられなければならない。たとえば次の場合なら妥当である。
肝心の思考回路がお粗末(論考の基本を理解しない)では、いくら法学の知識を暗記しても砂上の楼閣だ。基本死活を理解しない碁打ちが大斜定石の手順だけ覚えて得意気になっているようなものである。
囲碁の場合は筋悪でも構わないが、法律家の筋悪は他人に迷惑をかける。彼は以前「プロ棋士は(完全無敵になるまで、果てしなく)研鑽の義務がある」とボケたことを言っていた。プロ棋士の研鑽こそ個人の自由、ファンがどう遠吠えしようとかまわないだろう。
他人に厳しく自分に甘い、相変わらずの「オレ様」思考である。
http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/diary/200911100000/
で、弁護士が誰も引き受けないで、そのまま裁判を進めていい…あるいは、形だけの弁護人だけつけて、そのまま裁判を進めていい。
そんな裁判がいいなら、北朝鮮行ってください。
弁護士は安田氏だけなのか。
安田弁護士が引き受けないという話が、なぜか弁護士が誰も引き受けないで、そのまま裁判を進めて
というところまで飛躍してしまう。そして飛躍させた話を勝手に前提して「北朝鮮行ってください」と訳の分からないことを言う。
「安田弁護士が断る→引き受ける弁護士が誰もいない」という短絡思考は、要するに「あんな被告を弁護できない。引き受ける弁護士はいない」と思っている証だろう。そもそも無理なこと(救いがたい被告を実質的に救おうとする弁護)をやろうとするから、特殊な弁護士しか引き受ける人がいなくなる。
風の精ルーラ氏は不自然なまでにホンネを隠して(しかし、隠しきれず途中で吐露してしまうが)タテマエを言う。当事者ではない自由な立場なのに。
自身が実際に(光市事件被告のような)滅茶苦茶な人物を前にしたときに、実質的な弁護ができるのだろうか。些細な批判にも激高してしまう沸点の低い人間が凶悪犯を前に冷静でいられるわけがない。気に入らないことを言う被告に対して「黙れ」「甘えん坊」という言葉を投げかけた挙げ句「トホホ弁護士で結構ですけど」と開き直るのが関の山だ。
彼は、自分には到底実践できないであろう「弁護のタテマエ」を、責任を問われることのない安全な立場から空々しく主張して「オレ様は分かっている」とアピールをしたいだけであろう。実務経験がなく理屈だけで考えているからそういう青臭いこと(関連 #1834-1 )を平気で言ってしまう。想像力も著しく欠如している。
「安田弁護士が断る→引き受ける弁護士が誰もいない」
の本当の原因を分析し自省すべきだ。口ばっかり達者で無責任な連中(お花畑の弁護論を唱えて悦に入る風の精ルーラ氏のような人間)がそういう状況を作り出す。橋下氏の懲戒扇動も立場は正反対だけど「口だけ達者で無責任」という点に関しては同じである。
「100点満点の弁護をしろ!」と言い続けるお花畑の住人が「引き受ける弁護士が誰もいない」という「0点の状況」を作り出す。地獄への道を舗装するのは「悪意」ではなく「善意」なのである。
日本で「共産主義」というと思想自体に悪いイメージがあるが、実は「崇高なる理想」であるが故に国家システムとしては間違っている。実際に運用する人間の集団がそれほど賢くないからである。理想と現実が乖離したシステムは破綻する。
「タテマエの最善」しか考えられずシステムを破綻させる愚かな理想主義者、「ホンネの最善」だけで「凶悪犯罪者には石をぶつけろ」と言ってしまう情緒的な善人が北朝鮮のような国家を作る。
「100点の弁護ができないから欠席する」という発想こそ「理想を目指した社会主義国家」に重なる。お花畑の住人に共通する「100点満点じゃなければダメなんだ!」という虚妄である。
風の精ルーラ氏こそ「楽園」北朝鮮に行ったらいいだろう。
43 KB
法曹の日本語
法曹では違うらしい。
公選法のあれを思い出す。