#1826 懲りない人 - 「碁法の谷の庵にて」風の精ルーラ氏(7)
風の精ルーラ 氏の妄言、ごまかし、インチキ、を暴く。
お題は何でもあり。
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その際重要なのがプレゼン(文章力、表現力、説得力)である。



くだらない衒学(知識・情報量のアピールを文脈に関係なく挟み込む)に費やす暇はあるのだから、その時間を使って「私 hidew の無知蒙昧」をネタにすればよかろう。

「完全ではない」という類の文言で何かを言ったような気になってしまう典型的な官僚作文である。
「無罪」というのは「有罪を言い渡すべき明らかな証拠が無い状態」のことである。「無罪の証拠がある」ではなく「有罪を言い渡すべき明らかな証拠がない」と言うべきだ。有罪証拠を否定する材料のことを便宜的に「無罪の証拠」と言っているのだろうが、わざわざ不正確で誤解を招くような表現になっている。
「やめろこの野郎」
風の精ルーラ氏は少し前に「表現の自由」を語っていた。
ところが、自らが蒸し返した光市事件の話題では、
「弱い犬ほどよく吠える」の類型として「弱い言論ほど語気が荒い」ということがある。理屈ではなく勢いでメッセージを伝えようとするからだ。
風の精ルーラ氏は自身の言論が貧弱で淘汰されるかもしれないという危機感があるのだろう。つい反対言論の口をふさぎたい(だまれ、やめろ)というホンネが出てしまう。
風の精ルーラ氏がしゃべればしゃべるほど、法律周辺の人間がどれだけ姑息で愚劣なごまかしを弄するのか明らかになる。そしてブログのネタになる。
私のホンネは「どんどん話してくれ」である。
民主主義の本質は正しさの相対化にある。「オレ様」(および自身の専門?である法律分野)を絶対化してしまっている彼は、民主主義を担保する「表現の自由」についても、よく分かっていない。