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hidew 2009.07.31

#1817 懲りない人 - 「碁法の谷の庵にて」風の精ルーラ氏(5)

風の精ルーラ 氏の妄言、官僚作文、屁理屈に対するツッコミ集。

お題は何でもあり。

関連記事

  1. http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/diary/200907020000/
  2. http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/002001
  3. http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/002002
  4. http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/002003
  5. http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/002004
  6. http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/002005
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  8. http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/002007
  9. http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/diary/200907170000/
  10. http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/002008
  11. http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/002009
  12. http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/002010

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hidew 2009.08.01 [1]

シーズン IX

http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/002010

hide-w氏の言論体制は、「ゆとり」である。
自分は楽して他人を傷つけても構わない、という幼稚さが見て取れる。

私の言論がどのように「ゆとり」なのかさっぱり分からない。

相変わらず、フワッとして、つかみ所がない文章だ。根拠も理由も論理もなく、ただ誹謗中傷を書いているだけ。

誰が幼稚なのか、既に明らかだが、具体的に書いてみればより一層はっきりするだろう。

  1. 光市事件の被告・弁護団「強姦したのは死者を生き返らせるための儀式だった」
  2. 弁護団擁護団代表・風の精ルーラ氏「弁護内容は正当だった」
  3. hidew「弁護団・擁護団は人としての知性がない。被告の言うことを垂れ流す機械だ。」

私の批判に対して、風の精ルーラ氏は「そんなことを言ったら、弁護団が傷つくじゃないか」と言った。彼の主張を一言で言えば

被害者遺族が弁護活動によって傷つくのは構わないが、弁護団が傷つくのは許せない

ということである。先に暴言を吐いた人たちが、それを批判されて逆ギレしているのだ。この自己中心性と身勝手さは「幼稚」の特徴であろう。自分は楽して他人を傷つけても構わないという意識なのは弁護団・擁護団の方である。

hidew 2009.08.01 [2]

偽りの世論

よくもまぁ、ここまでテキトーなことを書き続けられるものだと感心する。(だから、あえて長めに引用した。)

http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/002010

これは悪魔の証明ではないのだが。
「否定するためには全ての可能性をつぶさなければならない」という、悪魔の証明を悪魔の証明にしている部分が欠けているのだ。「ある」と「ない」における証明要求の差は、「ある」「ない」それ自体に有意な差があるものではなく、「ないことの証明が経験則上難しい」ことによる。

その経験則を覆せば、「ないこと」の立証を要求するのは別におかしくない。だからwikiでだって「全ての場合に当てはまる」などとは微塵も書いていない。

例えば運転免許なら、..「ないこと」を立証するのがそんなに難しくなかったりする。.. 運転免許がないことを立証せよ、ということになるのは別におかしくない。刑事裁判では、被告人に有利な方向では無資格○○の類は、資格不存在まで役所に照会されるし、自白だけでの認定ができない(昭和42年最高裁判例)。不利な方向でさえ、ないことの立証を被告人に要求するという領域は僅かではあるが確かにあるのである。(刑法207条)

本件でもないという方だって、「世論調査を行って、あるいは世論分析によって否定の結論を導く、ということは別に難しくない」ため、ここではあるとないとが対等である。

彼は、残念ながら悪魔の証明の趣旨を理解していないようだ。

一般的に、困難さにおいて「ないことの証明 >>> あることの証明」であり、その場合、「ないことの証明」を比喩的に「悪魔の証明」と言う。「ないことの証明」が場合によっては可能、というのは当たり前である。

100文字足らずで簡潔に説明できる話を、ややこしく書いて何かに反論したつもりだから始末が悪い。

「ある個人の運転免許がないこと」が立証できるからと言って、それを「世論の有無」の事例に当てはめられるわけではない。全然関係ない話を、さも関係あるかのように語ってごまかしている。

そもそも運転免許の不所持を言うことは「悪魔の証明」ではない。彼は「ないことの証明=悪魔の証明」という短絡をしているのではないか。残念ながら悪魔の証明の趣旨を理解していないと言っている本人が分かっていないのだから滑稽だ。

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棋士は神が相手でも勝たなければならない。勝てなければ否定的に評価される」という世論が、あるのか、ないのか。

(そういう世論があるのは)全く疑いようがないとまで言っておきながら、ひとつの根拠も示すことができずに、「見解の相違」で片付けようとする。あまりに虫が良すぎるだろう。

この件に関して「世論がないことを立証」するのは「悪魔の証明」である。もし、仮に「ないことの立証」が可能だったとしても、私がそれをやらなければならない理由はない。一方、「あること」を立証することは、「ないこと」の立証に比べてはるかに簡単だ。「ある」主張の裏付けとして、根拠を示すのは当然だろう。それをしない(できない)のは、結局のところ、彼が都合良く妄想した「偽りの世論」だからである。

hidew 2009.08.01 [3]

バカに見える話し方

http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/002010

そもそも、日本語というのは様々なジャンルの論理や知識などを踏まえて形成されていくものである。
あるジャンルについて論じるには、そのジャンルの基礎的な話ができなければ、日本語はできていかないのである。その意味で日本語は永遠に広がり続ける世界だと言ってもよい。

「憲法」という言葉にだって、憲法学の基礎として、「形式的意味の憲法」「実質的意味の憲法」「立憲的意味の憲法」「固有の意味の憲法」など、意味はいくつもある(こんな分類は広辞苑にだって載ってない)し、日本の憲法は、これらの性質を全て兼ね備えている。もちろん、これらも当然日本語である。

また、始まった。

「反語」という一般的によく知られた表現技法の話から、なんで「憲法」に話が飛ぶのか。

たまには「憲法」や「法律」以外の例え話をしてほしいものだ。

例え話をして、逆に分かりにくくなっている。いや、むしろ、分かりにくい例え話をすることでごまかそうとする意図が見え見えだ。

彼の話し方は、樋口裕一『頭がいい人、悪い人の話し方』 に出てくる「バカに見える話し方」そのものである。

4569635458 樋口裕一『頭がいい人、悪い人の話し方』

  • 詭弁を弄してまで自説にこだわる。
  • 難解なことを言って煙に巻く。
  • このようなしゃべり方をすることが知性の徴だと思っている。
  • この種の人が説明をしようとすると、わかりやすくなるどころか、ますます話が分からなくなる。

kawaguti 2009.08.02 [4]

hidew「弁護団・擁護団は人としての知性がない。被告の言うことを垂れ流す機械だ。」

到底「節度ある態度」だとは思えませんが。
http://www.toben.or.jp/whatsnew/webapp/whatsnew/detail ..  より

被告人の主張や弁解が仮に一見不可解なものであったとしても,被告人がその主張を維持する限り,それを無視したり,あるいは奇怪であるなどと非難したりすることは許されないし,被告人が殺意を争っている場合においては,弁護人が被告人の意見に反する弁論をおこなうことは,弁護士の職責・倫理に反するものであり,厳に慎まなければならないのである。

弁護団が被告人の意見を無視したりすることは弁護士の職責・倫理に反するものだとあります。
人間性の否定はいくらなんでも言いすぎかと思います。

hidew 2009.08.02 [5]

感性の違い

弁護士というのは「人間性を殺す」必要に迫られる仕事だということでしょう。まともな人間であれば、口にすることさえ憚られるようなことを、職務上言わなければならない。

人間性の否定はいくらなんでも言いすぎかと思います。

「強姦は死者をよみがえらせるための儀式」という弁護に「人間性」を感じるのでしょうか。

hidew 2009.08.02 [6]

日本語と法曹語

http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/002010

彼は、遺族を傷つけても弁護しなければならない場合がある、という基本的なことを理解していないし、 それを教える私が提示した資料を読んでいないから、そのジャンルに対する日本語もできていない。だから、私に向かってあれがレトリックとして通じると思いこむ。

法律馬鹿に対して「一般的な日本語」が通じると思い込んでいたのは私の落ち度だろう。しかし、ここでそのジャンルに対する日本語もできていないと開き直る態度もすごい。

これは「教えて君」と同じメンタリティである。

#1815-26 通じない表現の責任

  1. どれだけ被害者遺族を愚弄して、傷つければ気がすむのか。それが弁護士の仕事だというなら、弁護内容について激烈な非難を浴びるのも弁護士の仕事である。
  2. 弁護する人、弁護内容を非難する人、どちらにも節度ある態度が求められる。

(2は1の反語表現を平易に改めた文章)

彼は、1の文章を都合良く一部だけ切り出して曲解した。「一般的な日本語読解の誤り」として批判したら、「(私hidewが)法曹の日本語ができていないから」とおかしなことを返してきた。

自分は法律馬鹿なので、一般的な日本語を理解できません。法曹向けに翻訳してから話してください」ということなのだろうか。

hidew 2009.08.02 [7]

分かりにくい例え話

http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/002010

こんな風に置き換えると分かりやすいかもしれない。(なお、これが歯医者の実際の使命と違うのです、ということでしたら歯医者の皆さんにはお詫びいたします。)

  • 歯医者「子供は嫌がっていますが、歯を治療します・・・医者として放っておけない。子供が嫌がっていても治療するのが歯医者の仕事です。」
  • ○○親「子供の嫌がることが歯医者の仕事だとでもいうのか。そうなら歯医者という職業は腐っている、社会的に侮辱を浴びても文句が言えない下賤な職業と言うべきだ。」
  • 歯医者「腐っている、下賤とはなんと無礼な。」
  • ○○親「そんなことが言いたいんじゃない、そんなのは歯医者の仕事じゃないと言っているんだ。前段がそもそもおかしいということだ。日本語を学べ」
  • 歯医者「だから歯医者の仕事は子供が嫌がっていても治療することだって言っているじゃないですか。あなたが反語のつもりで言っている言葉は表現の仕方はともかく真実を言い当てているんですよ。反語のつもりで真実を言っちゃったらあとの侮辱的な言葉は消えるとでも?反語だろうがなんだろうが自分の言った言葉から逃げないでください。」

分かりやすい例え話を作ったつもりなんだろうか。

この場合、とりあえず、バカ親がなんか騒いでいるから、歯医者は治療をやめて、しかるべき所に通報すべきだろう。クレームにいちいち応対する必要はない。この話は本題(弁護)とは全然関係ない方向へ脱線する恐れがある。

○○親「そんなことが言いたいんじゃない、.. 以降は解読不能。

このフィクションを読んで分かるのは、彼の思考がグチャグチャに乱れているということだけである。

#1812-17 hidew
どれだけ被害者遺族を愚弄して、傷つければ気がすむのか。それが弁護士の仕事だというなら、弁護内容について激烈な非難を浴びるのも弁護士の仕事である。

この文章に対して、彼は何かを言いたかったらしい。

hidew 2009.08.02 [8]

伸縮自在のコップ

#1815-34 コップの中の嵐 hidew
彼のコップは自分の都合に合わせて伸縮自在である

風の精

ちがう場合のことを勝手に結び付けて他人に噛みついて伸縮自在…同じ言葉が複数の場合に汎用性をもって使われる以上、そのサイズだって変わってくることは避けられない。あるときは地球より大きなコップかもしれないし、ある時はおちょこより小さいかもしれない。伸縮自在でないなら、コップの中の嵐という言葉は汎用性ある表現にならない。

具体的に書くとインチキがばれるものだから、抽象的なことをごちゃごちゃ言ってごまかす。

彼がちがう場合と言っているのは、

  • 自分にとって都合の良い場合
  • 自分にとって都合の悪い場合

のことだ。

光市事件は彼にとって都合がよい。彼がまともにコメントできるかもしれない唯一の話題だからである。彼のブログは光市事件にだけ異様に執着している。

足利事件は同じく司法の話題だが、彼は「冤罪は結果論」という妄言の後、すっかり何も言わなくなった。元々、自分のブログに書いたこともないようだ。

結局、彼は光市事件だけを特別扱いしたいと思っているから、それに合わせて、コップ(言論の責任、影響など)を大きく見積もる。

なお、「コップの中の嵐」は「狭くて閉じた世界の争い」を揶揄する慣用的表現で、地球より大きなという場合には使わない。彼はこの言葉の意味もよく分かっていない。(後で詳述)

BK 2009.08.02 [9]

医師法】第19条 ①診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。

この場合、とりあえず、バカ親がなんか騒いでいるから、歯医者は治療をやめて、しかるべき所に通報すべきだろう。クレームにいちいち応対する必要はない。

その通りと思います。治療の求めもないのに治療してはいけないだろうし、わけのわからない文句を親が言っているなら、営業妨害で警察へ通報すればよいと思います。

hidew 2009.08.02 [10]

治療拒否という問題

営業妨害という歯医者側の都合もありますが、子どものことを考えて児童相談所にも一報を入れるべきかと思います。

親が、子どもかわいさのあまり治療を拒絶する場合、放置しておけばもっと子どもが苦しむことになるわけですから、説得することは簡単です。虫歯くらいならば、しばらく放置しておけば、親も理解するでしょう。

世の中には、もっと確信的に治療を拒絶して、大問題になる事例があります。

輸血拒否した両親・親権停止が男児の命を救った - NATROMの日記

10歳の少年が事故にあって救急病院に搬送されたものの、両親が熱心なエホバの証人であったため輸血を拒否し、最終的に少年が亡くなるという事件がかつてあった。十分に情報提供された成人が宗教上の理由で輸血を拒否する権利はあるし、また、子供がどのような医療を受けるかについては、原則として親権を持つものが選択・決定するというのもわかる。しかしながら、医学的に、あるいは社会通念上あまりにも常識から外れた決定を親が行った場合、社会が介入して子の生命を守るべきだ。今回、1歳の男児に対して輸血を拒否した両親の親権を一時停止することで輸血が行われた例が報道された。

他に、安楽死・尊厳死の問題もあります。

「本人・親族の意志」と「医療の合理性」の間には難しい問題が横たわっています。

本人・親族の同意なき、勝手な治療は、下手をすると傷害罪になります。歯医者の作り話を見る限り、風の精ルーラ氏は診療前合意(インフォームド・コンセント)のことを分かっていないようです。「法律馬鹿」という呼称さえ彼には過分と思えてきました。

BK 2009.08.02 [11]

信教の自由」と「生命の尊重」のどちらを優先するかで悩む医療現場の要請に応えて検討を始め、「自己決定能力が未熟な15歳未満への輸血拒否は、親権の乱用に当たる」と判断した。

風氏 追記)なお、歯医者は治療をやめて通報というような話もあるが、有名な輸血拒否」の事案については「義務教育を終えていない15歳未満の患者に対しては、医療上の必要があれば本人の意思に関わらず、また信者である親が拒否しても「自己決定能力が未熟な15歳未満への輸血拒否は親権の乱用に当たる」として輸血を行う」

というような指針もある。治療をやめて・・・なんていうどこかの誰かの主張する指針は取られていない。

人の生死にかかわるエホバの輸血拒否問題は知っていますが、私のコメントは例に挙げられた生命にはかかわらない歯の治療現場のコントに対してでした。

hidew 2009.08.02 [12]

国連の外側? 内部?

第一、今回のコップの中の嵐「当該議論における立場」では、コップの中の嵐という意味である。議論の場所がどうだなどというのは全く関係がない。

また、意味の分からない文章を書いている。

  • 「議論の立場」では「コップの中の嵐」?
  • 議論の場所は全く関係がない。?

「嵐」という表現は「争い・議論・騒動」を比喩的にいったものだ。「コップの中」が暗喩するのは「社会的な場所」である。自民党内とか、トヨタ社内とか、そういう意味での限定である。端的に言えば「コップの中の嵐=限定的な議論」という意味になる。

彼の言う「場所」とは、料亭で話すか、国会で話すか、という文字通りの物理的な場所なのだろうか。それなら確かに関係がない。当たり前すぎてわざわざ言うことでもない。

例え国連で全世界巻き込んだ大論争になっていようが、違う見解は、その内部に些細な違いがあって、そこでドンパチやっていても、正反対の立場側としては知ることではない、という意味でコップの中の嵐である。

「コップの中の嵐」は前述の通り「狭くて閉じた争い」を揶揄する言葉だから、国連で全世界を巻き込んだ大論争に使うことはない。国連の正反対の立場というのは、一体何のことを言っているのか。国連非加盟の国? 宇宙人?

内部に些細な違いがあっても何を言っているのか分からない。違いがあるから論争(嵐)になる。内部というのは何のことか。

中でドンパチしていてこっち側には関係ないことを強調するためにコップの中の嵐と言っている。

そう、「コップの中の嵐」には「外側の世界に関係・影響がない」という意味合いがある。「議論の立場では…」と言ってみたり、国連の論争を引き合いに出したり、明らかに関係者である場合にまで「コップの中の嵐」と言うのは、一体どういうことなのか。

もちろん、それに他人を侮辱的な言辞で巻き込んだらコップは割れてしまうのだが、それでも相手の立場を危うくさせるものにはならない。

なんじゃそりゃ。もうやりたい放題だ。

「コップの中の嵐」という言い方は「狭い、閉じている、外側には影響がない、些末な争い」という意味である。分かりやすく言えば「当事者だけで好きに争っていればいいよ」ということだ。「場合によってはコップが割れる」などと言い出すのは、この言葉の意味合いを変えてしまう。

kawaguti 2009.08.03 [13]

人間性?

「強姦は死者をよみがえらせるための儀式」という弁護に「人間性」を感じるのでしょうか。

裁判を傍聴したわけではないので反論しづらい所があるのですが、弁護団は
「被告人は当時、強姦は死者をよみがえらせるための儀式だと思っていた」
と主張したのでしょう。
「人間性」をどういう意味で用いているのかわからないのでそちらは何ともいえませんが、このような弁護内容に特段の非は見当りません。
若し弁護団が被告人の供述を信用した事がいけないと言うのでは、「何故信用してはいけないのか」を言わなければ。(被告人の供述の明らかな矛盾を指摘する等)

弁護団・擁護団は人としての知性がない。

これは人格に対する非難ですよね。非難の難としてhidewさんは「強姦は~儀式という主張をした事」(それによって遺族を傷つけた事)をのみあげています。なぜこれだけを批難しないのでしょう。

hidew 2009.08.03 [14]

人間らしさ

人間性の否定はいくらなんでも言いすぎかと思います。

と書いた後で、

「人間性」をどういう意味で用いているのかわからないのでそちらは何ともいえませんが、

と言われても困ります。どういう意味か分からないのになぜ言いすぎと思ったのですか。

#1815-4 人間性」で説明しました。

私が言っているのは「弁護団には人間らしさを感じない、単なるスピーカー(機械)だ」ということです。これを非難だと感じるのは弁護士に人間らしさを期待しているからでしょう。

弁護士というのは機械のように被告の言い分を述べることが仕事のようです。期待したことが誤りだったということですね。

だす 2009.08.03 [15]

問題の本質

 海原氏、ルーラくんとの論争(?)の基本的な問題は、自分の発言に責任を持つべきという点にあるのでと思います。(長すぎてわけがわからなくなりつつあるので確認)意見の内容以前に、発言する態度の問題ですね。たったそれだけですよね。なんでこんな複雑怪奇なことになるのだろう。
 この過剰な言葉の増殖を文学作品に高められたら面白いですね!
  

hidew 2009.08.03 [16]

たったそれだけ

#1815-44 トホホ論法」にまとめがあります。

なんでこんな複雑怪奇なことになるのだろう。を具体的に解き明かすことが私の目的です。

意見の内容以前に、発言する態度の問題ですね。たったそれだけですよね。

  • 囲碁「たった一路の問題」
  • 野球「たった一球の問題」

と同じです。たったそれだけだから、簡単な話ということではありません。

いろいろ話題が拡散してしまいましたが、私が元々問題にしていた表現は、

  • × 棋士は神が相手でも勝たねばならない。
  • ○ 棋士は神が相手でも負けてはならない。

たったこれだけ。

「分からない人」には違いを認識することさえ難しい問題です。

kawaguti 2009.08.04 [17]

人間性

私は「人間性の否定」という言葉を「人間として認めない」というような意味で使いましたが、hidewさんが使った「人間性」は同じ意味に見えなかったので。

人間性というのは、平たく言えば「人間ならば○○」「人間だから○○」という人間としての根源的な性質、感覚のことだ。(1815-4)

なるほど、過去に述べていらっしゃったのですね、私とは使い方が違うようです。

「弁護団には人間らしさを感じない、単なるスピーカー(機械)だ」

別に「スピーカー」と形容する分には(そういう面もあろうかと思うので)構わないのですが、何故弁護団(+擁護団)の人格に対する批難になるのでしょう。
被告人の供述を信用する事は人間としてありうる事だし、
「真実を述べたい」という被告人の意志を尊重し被告人の供述に沿った弁護をする事も人間としてありうる事でしょう。
私には「救いようがない被告」(1812-21)というhidewさんの言葉に問題の本質があるような気がします。被告人を「人間」として認め、救おうとする弁護団を、自分と同じ「人間」として理解できないのは仕方ないのかもしれません。

hidew 2009.08.04 [18]

何故弁護団(+擁護団)の人格に対する批難になるのでしょう。

何回も書いている通り「光市弁護団=機械」と認識を改めました。もう弁護団を人として非難することはありません。

被告人を「人間」として認め、救おうとする弁護団を、自分と同じ「人間」として理解できないのは仕方ないのかもしれません。

被告人を人間として救おうとした結果が「強姦は死者を生き返らせる儀式」という弁護内容になるわけですね。私には理解不能です。

hidew 2009.08.04 [19]

職務上、垂れ流す。

露骨な侮辱的言辞を吐き続ける ..

同じ話が続くから、同じ発言を繰り返すことになるが、内容的にはひとつのことしか言っていない。

『強姦は死者を生き返らせるための儀式』なんて言う弁護には人としての知性を感じない。

弁護団が、職務上、被告のスピーカーとして振る舞うなら、それを侮辱に感じるのはおかしいだろう。

「人としての知性がない」という発言が、弁護団の「中の人」を非難しているようにとられるのは本意ではないので、「弁護士の職務上、人としての知性を発揮することなく、被告の言い分を垂れ流した。」と言い換えよう。弁護団の職務は被告の言い分を読み上げるだけ、内容に関わることはできないので責任はない。『 』を言った全責任は被告にある。これで OK.

人間性を期待してはいけない職務に、それを期待していたのが誤りだった。

囲碁お見知り置きを 2009.08.04 [20]

もう止めにしましょ

なんだかねえ。

hidew 2009.08.04 [21]

法曹の中級病

もう止めにしましょ 囲碁お見知り置きを

そもそも現行の司法システムの建前も弁護士の役割もおよそ理解しないで彼は言いたい放題でした。

とは言うものの、具体的に弁護士の役割がどのようなもので、私の発言にどのような問題があるのかについて何も説明できない。

私が批判しているのは「建前」しか言うことができない風の精ルーラ氏の態度である。世論が怒っていたのは「本音」の部分だ。「情と理」の情を少しは理解して「世論が怒るのはもっともだ。しかし、それでもなお、… 司法システムというのは…」と穏やかに説くことが重要なのである。それが見識ある専門家というものだろう。

風の精ルーラ氏は、「中級病」いわゆる「定石を学んで二目弱くなり」の過程にある。「これは定石だから正しいんだよ。オレ様は定石をたくさん知っているぞ」といきり立っている。海原氏は「中級病」にも達していない。無知がばれるのが怖くて具体的に語ることさえできないのだ。

ボクサーは人を殴るのでけしからん!、というのと同じくらいおバカな話でした。それが仕事なのにね。

風の精ルーラ氏も海原氏も、お粗末な日本語読解で、「弁護すること自体を非難している」かのように誤解しているが、私はそんなことは言っていない。

非難の対象は「復活の儀式」という具体的内容であり、囲碁で言うと「亀の甲に手を突っ込むような手」である。ルール上は許容されても、それに憤る人が多いことくらい容易に想像がつくだろう。彼らの「世論レーダー」は自説を都合良く補強するときだけ働いて、肝心な時に使えなくなる。

hidew 2009.08.04 [22]

中二病をこじらせる海原氏

http://igo-omishiriokio.at.webry.info/200908/article_5.html

ルーラ氏もkawagutiさんも、もう相手にしなくていいんじゃないかな。
.. というわけで、もう放っておけばいいんじゃないでしょうか。

「もう相手にしない」とか「放っておけばよい」とか言うのは、これで何回目?

#1732-26 hidew : 一手先が読めない海原氏
#1732-45 海原健叡 : またお邪魔します 差し出がましいようですが、これ以上kawagutiさんが相手をすることもないと思います。
#1732-53 海原健叡 : ラストです.. kawagutiさんの思うようにやってください。陰ながら応援しています。

自身は「相手にしません → かまってください」を3、4回繰り返した挙げ句、さらに愉快な仲間たちまで、そのコントに引きずり込もうとする。

彼は「人に相手にされない」ということに何かコンプレックスがあるのだろう。「相手にしない」と言う態度がひとつの駆け引きになると勘違いをしてしまっている。

あらし・ネットイナゴのような連中を相手にしないということはあるが、その場合は完全に無視すべきである。 「もう相手にしない」とか「スルーします」と言ってしまう人というのは、「反論できなくて悔しいです!」をわざわざ表明しているようなものだ。

風の精ルーラ氏はともかくとして、海原氏と愉快な仲間である kawaguti氏はしばらく黙って見ていたらいいだろう。

彼らはネットでは妙に目立っていますが、実際のところは、あまりにも頭が悪すぎて社会的な影響力は皆無です。むしろ怖いのは、そういう人たちを動員しようとする人ですが、いずれにせよ動員「される」人と議論する意義は無い。

前に指摘した #1815-34 「社会的な影響力を持ちたい」という海原氏の意識が滲み出ている。
直前には、有名になったもんです というバカ丸出しの記事もある。

私は、「ブログ=雑記帳」だという認識だから、社会的な影響なんて考えていない。もちろん、誰にも見せないチラシの裏とは違って、不特定多数の目にふれるということ(井戸端会議・居酒屋談義と同程度の公共性)は意識している。

この手の「頭が悪いのに社会について語りたくて仕方ない人」というのはどこにでもいるわけで、

もう、自己紹介は要らないよ。

皮肉ではなく、hidew氏も自分の幸せを探してください。

ますます中二病 をこじらせる海原氏。

昔、何かの番組で「'幸せ'という言葉を持たない民族」の話をしていた。海原氏にその意味が分かるかな。

kawaguti 2009.08.04 [23]

細かい事ですが

「非難では無い」。ですか、わかりました。

細かい事ですが、弁護内容を持ち出す時は
『被告人は当時、強姦は死者を生き返らせるための儀式だと思っていた』
という形にしておくほうが良いかと思います。
被告人の供述はそうなっていますから、弁護団もそうでしょう。
「『強姦は死者を生き返らせるための儀式』という弁護」
なんて言うとまさしくそれを主張したかのように見えてしまうので…

hidew 2009.08.04 [24]

当たり前のことをいちいち書く

当たり前のことをいちいち書く必要はありません。

『被告人は当時、強姦は死者を生き返らせるための儀式だと思っていた』
という形にしておくほうが良いかと思います。

「被告人が思っていた」という以外に何か解釈の可能性があるんですか。

なんて言うとまさしくそれを主張したかのように見えてしまうので…

被告人の代弁者として、それを主張したんでしょう。

hidew 2009.08.04 [25]

過ぎたるは及ばざるがごとし

http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/002010

私は赤ん坊や幼稚園児のお守りではない。

各論を「ただ言えば」大人になれるなどと思っているとすれば大人ではないどころか赤ん坊である。

相変わらず「ただ大げさに言えばいい」と思っている。「神が相手でも勝たねばならない」の誇張で失敗したことから何も学ばなかったようだ。各論大人という概念を認識して言葉を話せる赤ん坊がいたら、すごいpng 1080 byte

大人ではないどころか赤ん坊である。 - この文章に、彼の思考力・表現力の貧困さがよく表れている。

「赤ん坊が言うような主張png 409 byte 」ならば、むきになって指摘する必要はない。その「赤ん坊が言うような主張png 409 byte 」に対して、激昂している25歳の人の方が滑稽だ。

kawaguti 2009.08.04 [26]

え・・・

それを主張したんでしょう。

え、「それ」は「強姦は~儀式だ」という内容なんですが…

hidew 2009.08.04 [27]

何を言いたいのかよく分かりません。

弁護人が被告人の代わりに「強姦は~儀式」を主張したんでしょう。

kawaguti 2009.08.05 [28]

えぇ…

「当時、強姦は~儀式だという考えがあった」というのが被告人の供述です。
弁護団の主張(代弁)も当然同じ内容でしょう。

hidew 2009.08.05 [29]

ルール上は問題ない

また、もし本当に、あれが彼の言うところの亀の甲に突っ込む手(官子譜にも亀の甲に突っ込むのが正解の問題はあるのだが)だというのなら、裁判所がどうして彼らの言い分に沿った立証活動を認めたのか、考えてみるとよい。

png 18890 byte 彼は本当に字面通りにしか解釈できないのだろうか。官子譜の例は全くナンセンスだ。「亀の甲に突っ込むような手」というのは、図のような手のことで、「亀の甲」という形式に意味があるわけではない。要は「クソ粘りの意味さえ失った無駄手」ということ。

裁判所には発言そのものを止める法的根拠がない。しかし、あの言い分が認められないことは、最初から、わかり切っている。言うだけ無駄の弁護内容で、被害者・遺族を愚弄したのである。

法律機械にあの弁護を聞いた被害者遺族や傍聴者の気持ちは分からないのだろう。それはもう仕方のないことだと思っている。

「ルール上は問題ない」 - その通り!

それ以上のことは血の通った人間にしか分からない。

裁判所もプロで思い出したが、あの弁護団は出廷命令に背いたこともあった。ルールさえ守れない人たちなのだ。何をか況んや。

hidew 2009.08.06 [30]

弁護内容の「自由」

弁護人が弁護をするのは「弁護の権利」であり「弁護の義務」である ..
表現の自由にまで落っことした認識しかできないとは、刑事弁護のけの字も知らないと自白したようなものだ。

私は弁護内容の「自由」のことを言っているのに、権利とか、義務とか、ピントのずれた反論が返ってくる。

「弁護の権利」であり「弁護の義務」である - 私はそんなことを問題にしていないだろう。相変わらず、誤解・誤読・妄想が甚だしい。(参考 #1761-1 , #1812-23

自由=何をしてもよい、と考えるのは、よくある誤りだ。自由の裏には責任がある。法的に問題がなくても、おかしなことを言えば批判される。

彼の主張は「刑事事件の被告・弁護人には自由に放言させろ。しかし、弁護内容を批判する自由は認めない」というものである。刑事弁護を特別扱いして「表現の自由(と責任)」の埒外に置きたいようだ。

表現の自由にまで落っことした .. という言い方が、彼の誤った思考を端的に表している。「憲法にまで落っことした認識しかできないとは、法律を知らない… 」という言い方をしないのと同じこと。「表現の自由」は刑事弁護よりも上位の(基本的・普遍的)概念である。

hidew 2009.08.07 [31]

3手前も覚えていない。

hidew

#1815-26 通じない表現の責任」は、
最初から、弁護内容、非難の節度について詳述するつもりの文章ではないのだから、「残念なことに各論が伴っていない、大人ではない言論だ。」と言うのはピント外れだ。

風の精

あれだけ弁護内容に噛みついて、「弁護士の知性と人間性」などという題名の文章で書いて、さらにそれのいいかえだなどと言い放っておきながら、詳述するつもりがないなどというのは通ると思っているのだろうか。

いや、だから、弁護内容については「弁護士の知性と人間性 #1815-17 」で既に言及している。その文章(反語)を誤解して、トンチンカンな反論を書いてきたから、急遽、日本語の解釈についての記事「通じない表現の責任 #1815-26 」を書いたというわけだ。

3手前も覚えていないで、闇雲にいちゃもんをつけている。

彼は、2年近く前の他人様のブログのコメント欄まで、引っ張り出してくるのに、直前の内容を覚えていない。長期記憶より短期記憶の方がとぶのは、危ない傾向だ。

hidew 2009.08.07 [32]

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