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hidew 2009.06.01

#1788 「地合計算要求」という奇妙な制度

リアル囲碁において「終わりましたね」終局の悪しき慣習が、少しずつ改善されつつある中で、わざわざ、これを制度に取り入れたネット碁会所がある。

この地合計算要求を受けなければ私は不良登録されるのですか - ひろさわの人生ダメ詰まり--No Liberty--

地合計算要請というのは、「終わりましたね」という言葉と同等で、 こちらが、「いいえ終わってませんよ、だってここが」などといえば、 ヒントを与えるのと同じになってしまいます。 ですから、黙って拒否するしかないのですが、それが向こうの方には、負けを認めたくないがための故意の行為 とうつったらしく、ヘルプさんを呼んでしまったのです。

2回双方連続パスで地合計算のKGSなら、この問題は起きなかったはず。

「『地合計算要求』廃止~!! 終局はパス2回で!!」

「地合計算要請」などという奇妙なシステムが諸悪の根源である。

「最終的に取れる石は取れたものとみなす・・・って、その判断はどうするのさ~」

「日本式の省略計算法」を級位者にも強いることで、囲碁の敷居を無用に高くしている。「最終的に取れる石」や「手入れ」を全て正しく判断するにはアマ初段程度の棋力は必要だ。つまり、ルールを理解するために、相当高い棋力が必要なのだ。これではダメだろう。

中国, AGA, NZ ルール(要するに日本ルール以外で、石と地を等価と見なすルール)なら「死活」「手入れ」の判断を双方が納得するまで打ち続けることができる。「どこが手になるか」というのは、双方の棋力に依存するから、実戦解決する方が合理的だ。

強いヘルプ(審判)が出てきて勝手に判断するのは、極端な喩えをすれば、碁の中盤で李昌鎬審判が「これは黒勝ちですね」と言って勝負を終わらせてしまうようなものである。「小ヨセに入ってからも勝敗が揺れ動く」「ダメを詰め終わってから逆転を狙う」というアマの碁を「最善を打てば」という視点で審判することの無意味さを認識すべきだろう。

審判が裁定を下すべきなのは「その人ならば当然分かるはず」と断言できる悪あがき、つまり「有段者が亀の甲の中に手を突っ込む」という類のものだけである。

ひろさわさんの図、「黒地に手なし」を断言できるレベルはどれくらいの棋力だろうか。私 4d@KGS は全く自信ない、というかむしろ「手あり」の方に乗りたい。


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hidew 2009.06.02 [1]

制度の設計は「性悪説」で考える。

ナゾ さんから goxi の方へメッセージをいただきました。

終局要請の件をブログで拝見いたしました。
コメントをつけようとしたところエラー(?)になり ..

とのことですが、当ブログのエラーの原因はよく分かりません。(スパム対策として、JavaScript を無効にしていると投稿フォームが表示されないようになっています。思い当たるのはこの点だけ)

本題について、この場でいくつか補足します。

終局方法について (help1) 2009-06-01

終局要請した場合はパスしたのと同様に相手方に手番が渡る仕様だとスッキリいたしますでしょうか?

「スッキリ」という観点からは、

Unknown (ひろさわ) 2009-05-22

結局、終局時のダメの美しさは消えますが、
自分は「『地合計算要求』廃止~!! 終局はパス2回で!!」と、大声で叫ぶしかありません。

『地合計算要求』を廃止して、パス2回連続で終局というのが最善手です。

『地合計算要求』を廃止することが、何らかの事情で難しければ、これを実質的に「パス」と同じにしてしまう(相手方に手番が渡る)のは次善策かと思います。

私が考える理想のネット対局場というのは、KGS でほぼ実現されていて、東洋囲碁について、感想や要望を言うとおそらく全てのことについて「KGS のように」と枕詞がついてしまいます。そんなわけで、東洋囲碁は疎遠になってしまい、KGS でひっそりと対局してまいりました。

一言アドバイスのようなことを申し上げるなら、

制度の設計は「性悪説」で考える。

ということです。審判も含めてです。「中国人の審判」と聞くと私は「中東の笛」を連想してしまいます。そもそも碁に審判は要らないでしょう。