#1777 梅田望夫『シリコンバレーから将棋を観る - 羽生善治と現代』
観戦:実戦(=見て楽しむ:やって楽しむ)割合を考えてみると、囲碁・将棋の際だった特徴が見えてくる。具体的にデータを持っているわけではないが、私の感覚で数値化してみた。
趣味 | 観戦 | 実戦 |
---|---|---|
将棋 | 1 | 4 |
囲碁 | 1 | 4 |
麻雀 | 1 | 10 |
野球 | 40 | 1 |
音楽 | 40 | 1 |
フィギュアスケート | 9999 | 1 |
音楽を趣味とする場合、たいてい「音楽鑑賞」を指す。フィギュアスケートに至ってはほぼ全員が「観るだけの人」である。一方、囲碁・将棋を考えた場合「観る」という要素はかなり低く見積もられる。「趣味は将棋です」と言った場合、当然のように「将棋をプレーする人」という意味になってしまう。
麻雀と違って、囲碁・将棋は鑑賞の愉しみも大きいのだが、それを理解するのに膨大な知識と理屈がいる。フィギュアスケートのように素人が観ても「すごい」「面白い」と思わせることができない。囲碁・将棋の裾野を広げることができない最大の理由である。
- 梅田望夫
- 中央公論新社
- 2009/4/24
「本物の情熱」と「際立った個性」が新しい時代を創っていく
有限の盤上で無限に進化する世界から、我々は何を学び得るか。
羽生善治、佐藤康光、深浦康市、渡辺明ら、超一流プロ棋士との深い対話を軸に、来るべき時代を生き抜く「知のすがた」を探る。
たとえルールがわからなくても、「観る」面白さを知っている、すべての人に。
梅田望夫氏は「趣味は将棋鑑賞」「指さない将棋ファン」を宣言して、具体的な行動を示している。
シリコンバレー は永田町(=政治)、霞ヶ関(=行政)と同じような用法で「IT集積地」という意味の記号である。Web観戦記を強調する意図があったようだが、一般にはちょっと分かりにくいような気がする。『指さない将棋ファン宣言』というストレートな題名はどうだろうか。
梅田氏はレトリックの名手で、目次を読むだけでも面白い。
- 高速道路とその先の大渋滞
- 将棋を語る豊潤な言葉を
- 揺れ動き続ける局面と、均衡の美
- 羅針盤のきかない現代将棋の世界
- 有限の盤上で無限に進化する世界から我々は何を学び得るか。
- けものみちの時代、「野性」で価値を探していく
- 「指さない将棋ファン」宣言
- 予定調和を廃す緊張感
- イノベーションを封じる村社会的言説
- オールラウンドプレイヤー思想
- 知のオープン化と勝つことの両立
- 将棋界は社会現象を先取りした実験場
- 「孤高の脳」が生む無限の広がり
- 「真理」を探求する対局者、終局後の「至福の時間」
- 安易な結論付けを拒む「気」を発する対局者
- 人間が人間と戦う将棋の面白さ
- F1と装甲車
- 若き竜王に大きく開いた「機会の窓」
- 雲を掴むように、答えのない問題を考え続ける
- 「相手の悪手に嫌な顔をする」真意は?
- 盤上で、すべてを共有できるという特性
- 指す者と、観る者の、これから
- 人は、人にこそ、魅せられる
- 盤上の自由
予定調和は日本の国民性なのだろう。囲碁の場合は、韓国の台頭によって激変した。李セドルの碁は10手目から闇の中へ突入する。これは梅田氏が、羽生将棋(現代将棋)を評した予定調和を廃す緊張感
と全く同じである。しかも、将棋の変質と囲碁の変質は同時期に起こっている。単なる偶然だろうか。
均衡の美
という言葉は「碁は調和なり」呉清源と同じニュアンスだ。呉清源
は将棋でいうと羽生善治に匹敵する天才である。梅田氏が「(将棋という)勝負の本質を的確に捉えている」というひとつの証であろう。
オールラウンドプレイヤー思想(=得意戦型を持たない。構えない)は、囲碁の藤沢秀行や麻雀の桜井章一も似たようなことを言っていた。要するに「得意戦型というのは、苦手の裏返し」なのだ。韓国の天才棋士・李昌鎬が20歳くらいですでに「世界最強」との評もあった時、趙治勲や聶衛平は「どこが強いのか分からない」と言っていた。すなわち「どこが弱いのか分からない」のである。
将棋に言えることは囲碁にも言える。
囲碁に言えることは将棋にも言える。
この本は碁界の人が読むと特に面白いと思う。「将棋を指さない人にも読める内容」を目指した結果、将棋から「知的勝負のエッセンス」を抽出することになった。『シリコンバレーから囲碁を観る』というタイトルで本を書いてもほぼ同じ内容になるだろう。
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