#1710 保岡興治法相「終身刑は残酷だから反対、死刑は賛成」
死刑について語る法相はどうしていつも、おかしなレトリックになってしまうのだろうか。
保岡興治法相は2日の初閣議後の記者会見で、超党派の議員連盟が創設を提案する仮釈放のない終身刑について「希望のない、真っ暗なトンネルを歩いていくような刑はあり得ない。日本は恥の文化を基礎とし、潔く死をもって償うことを多くの国民が支持している。(終身刑は)残酷で日本の文化になじまない」として、反対の意向を表明した。
「残酷だから反対」という理屈は、刑罰を否定するような話である。懲役1年だって残酷と言えなくはない。無実の人にとっては代用監獄(留置場)で一晩を過ごすだけでも苦痛である。
終身刑になるのは、そのような罪を犯した人に限られる。「囚人がかわいそう」などと思うのならば、裁判で不当に重い罰が科されたと考えるべきなのだ。罪の重さと罰の重さが釣り合っているかどうかが重要である。
刑務所は時に「最後のセーフティネット」などと言われ、刑務所に入るために罪を犯すような人がいる。刑務所暮らしが(死刑並に)残酷なものであるか疑問が残るところだ。
- 不自由だが生存は保証される場所
- 自由だが自己責任で放置される場所
「前者が苦で、後者が楽」と言い切れるだろうか。人によっては刑務所暮らしもアリだろう。
法相の立場で終身刑を否定せざるをえないのは、コストの問題が大きいのではないかと思われる。終身刑は、囚人にとってではなく、囚人を養わなければならない納税者にとって酷なのだ。死刑ならば執行人に「死の穢れ」を押しつけて、蓋をしてしまえば、それで終わりだ。
鳩山邦夫と保岡興治の奇妙なレトリックに共通するのは囚人目線である。国民目線で「終身刑より死刑を選択するのはコストの問題」とはっきり語ってほしい。もし仮に、本気で「死んだ方が楽だから、死なせてあげる」と考えているのなら、自殺を許容すればいいだけだ。現行は「人を殺すという残酷な仕事」を引き受ける人(死神)が必要で、その一点において、終身刑導入(→死刑廃止)の意義は十分にある。
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「死刑制度は存続すべきだと思う。最も重い刑なので国民の意向が最大に尊重されるべきだ。(日本には)死をもってあがなうしかない罪があるという国民の認識があり、それが死刑を国民が支持しているゆえんだと思う」
「死刑と無期懲役の間に終身刑を創設する考えは賛成ではない。一生牢につなぐという刑は残酷だと思う。処遇も難しいし、そういう刑は世界でも少数派だと思う」
課刑のあり方
国民目線で「終身刑より死刑を選択するのはコストの問題」とはっきり語ってほしい。
というご意見に全く賛成します。刑務所が満杯なので無期懲役で入った人が10~15年で出所している現実を見ますと、課刑のあり方を考え直す必要がありましょう。
また宅間被告のように自らの死刑執行を速やかにして欲しい。はっきりいって自殺する勇気がないから死刑に値する犯罪を犯してしまった方には、その希望を叶えてあげる事が本人や被害者の遺族のためでもありましょう。ケースバイケースで柔軟に事にあたりましょう。
懲役15年相当の罪を犯した若い健康な被告には、同和関係者が多くいる○○市清掃局に15年間低賃金で労働奉仕させる。その勤務状況によって、労働奉仕期間を短縮できるとかすれば、国全体の税負担・行政コストが削減されるでしょう。