#1680 依田紀基『プロ棋士の思考術』(PHP新書)
「依田紀基」という棋士の自叙伝と言うべき本である。
小学校の成績がオール1(体育だけ2?)とか、麻雀やカジノで借金が○百万円とか、乗るはずだった飛行機が墜落したエピソードとか、尋常ではない人生を生きている。中国、韓国の著名棋士、NECの関本忠弘氏、民主党との小沢一郎氏との交流も興味深い。
依田紀基は一般には天才肌でセンスの良い棋士だと思われているが、ここに書かれている内容は愚直で泥臭い精神論だ。師匠格の藤沢秀行よりも、坂田栄男に近い囲碁観なのではないかと思った。
キーワードは虚仮の一念
である。
p133
一つの手が相手の感情を動かす。感情を動かされた相手が敗北への道に迷い込む。そういう体験はいくつもある。
まずそうな手を打つことが、そうだ。
これも私はプロとしての芸だと思う。そんな手を打たれたら、対局者の感情は必ず動くからだ。
我が意を得たり。
凄まじい気迫で突進すれば、手のないところが手になる。逆転するはずのない碁も逆転する。碁とはそういうものである。
時々、「ハメ手を打つのは卑怯」「手のないところに手をつけるな」「クソ粘りは不愉快」などと、自分の弱さを棚に上げて相手を非難してしまう中級者がいる。相手の挑発に怒ったり、無理筋にひるんで後退する自分が未熟なだけなのだ。
以前から坂田栄男は「碁は根性」と言い続けていたし、王メイエンは「碁は人間同士が打つものだから間違いだらけ、それを前提に考える」と言っているが、盤上での露骨な心理戦を公言するプロ棋士というのは少数派だ。求道派(※)と思われた依田紀基が、精神論を説く意味は大きい。
※求道派 - 碁は数学的真理を探求するもので、心理的駆け引きは関係ないと考えるタイプ。対人間ではなく、対盤面で考える。
引用・抜粋
p18 勝ち続ける八つのK - 感動、繰り返し、根本から考える、工夫を加える、感謝、健康、根気、虚仮の一念
p38 なまじ定石の知識があると、ほかの手が思い浮かばなくなることを心して欲しい。決めつけようと思わなくても自然と決めつけてしまうのだ。
p192 無理強いの環境は子どもにとって幸せなことではない。むしろ、好きなことを発見させて、それに打ち込ませればいいのである。それが社会に役立つことであれば、もっといい。
さりげなくつけ加えた最後の一文に共感した。「国家・社会のために」を最優先させる教育論にはウンザリである。
ref. 【改正】教育基本法を意訳
p194 碁には答えというものが用意されていない。必死に考えるしかないのだ。では、考えている先に正解があるのかというと、必ずしもあるわけではない。この点は人生や社会と同じである。
本書で唯一「違う」と思った箇所。
人生や社会に答えはないが、盤上に答えはある。必ず用意されている。ただ、人知が及ばないはるか彼方にあるので、永遠に分からないだけの話である。
ref. 光速の新幹線を求めるようなこと
棋譜
1680.sgf
p109 第25期・名人戦・第4局 捨石の名局
1680-1.sgf
p45 第25期・名人戦・第3局 布石
1680-2.sgf
p133 両対局者見損じ
関連書評
納屋メモ:【囲碁】『プロ棋士の思考術』
http://blog.livedoor.jp/shallvino/archives/50042863.html
プロ棋士の思考術 - 囲碁日記:明日への一打
http://plaza.rakuten.co.jp/igonikki/diary/200806250000/
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『依田ノート』はプロ棋士なら誰でも書ける凡庸な内容(に加えて、アマでも書ける実戦死活の付録で水増し)だったが、この本『プロ棋士の思考術』は個性的で、密度の高い内容になっている。