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Bobby 2006.03.24

#1196 微笑む論客

微笑む論客

モヒカン族が集う青葉山道場は時ならぬ“イチロー現象”に戦々恐々とした。暖かい人柄と論理的で温厚さが際立った特徴だったはずの論客が、このところ荒ぶる感情に身を任せ、毎日信者たちに“直言”と称して厳しい叱声を浴びせ続けているからだ。

相手は結城聡に似た澄んだ瞳を持つ年若き好青年。幼くして自ら弟子入りを志願した秘蔵っ子とも言うべき愛弟子にも最近の論客は一切容赦しない。「いいか、他人に教えを請うときは、少なくとも自分がどこまで理解しているのか、どこがわからないのか、何を聞きたいのか弁えたうえで聞いてきなさい。こんな調子では向こう30年間は私の相手にはならない」と決め付ける。

かと思えば女性信者にも手ひどい仕打ち。「私にいつもまとわりついて『教えてください』の連呼はやめたまえ。要するにあなたは生まれながらの“教えて君”なのだ。こんなことなら破門するしかない」とばっさり。数多の信者の中でも飛び切りの美女と自認する彼女は、日頃少しも自分に関心を寄せてくれない論客の気を引くための所業が全くの逆効果だったことを思い知らされ、身を震わせて泣くばかりだ。

好きなスポーツ中継やニュースを見聞きしても論客の怒号は絶えない。「解説者は選手を“さん”付けで呼ぶな、そもそも甘やかし過ぎが目に余る。特にオリックスのNKコンビにはもっと厳しく当たれ」とか「金メダルの荒川選手を表彰するならきちんと基準を示せ。Qちゃんやミズキの場合とどう違うのか。表彰する側がいい気になって恣意的に事を決めていいのか」と一人テレビに向かって口角泡を飛ばしている。

信者たちは密かに噂し合った。「純粋なスポーツ少年の心を持ち続けるイチロー選手に見習って思いのたけをすべてぶちまけることに宗旨替えなされたのだろうか」「いや、これは季節の変わり目にありがちな単なるストレス発散に違いない」「この際、極めつけのヒールに徹する志を立てられたのではないか」――。

しかし、論客の実像は誰もいない寝室でしかうかがえない。論客が夢見るのは今宵もセドルと一対一の特訓道場。「あ〓あ、もう本当に嫌になっちゃうよ。戦うべきところで予定調和の世界に逃げ込もうとするし、そうかと思えばほめられたい一心でまるで変なときに芋力を出そうとする。そもそも覚えも悪いし。懲らしめのために鞭打ち100回!」。イライラと鞭を振りかざすセドルの前に論客は丸くなって碁盤に額づくばかり。

セドルの夢を見る論客の寝姿はいつも、恍惚として微笑をたたえているようだった。

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